2009年07月27日
安田村發展史(上・下巻)
おかげさまで、「高津町誌」の頒布も順調で、控えめに予測していた200部はハケました。もう少しで250部に手が届くところまで来ましたから、大儲けです・・・なんて書いたら皆さんに叱られます。
準備期間の経費を入れたら、250部でもまだ少し赤字です。会員の皆さんが、「これで何冊も買い取らなくてすみそうだ」と、安心できる程度の部数というのが正直なところです・・・慰労会の話も出ていますが、会費は必要になりそうです。
なにはともあれ、このブログを目にされてお買い上げいただいた方もいらっしゃるようです。この場を借りましてお礼申し上げます。
さて、益田関係の郷土史の二大稀覯(きこう)書といえば、「高津町誌」と「安田村發展史(上・下巻)」をおいて他にはありません。
高津町誌は、今でも益田市の図書館でも閲覧できますが、安田村發展史の方は損傷が激しいため、今は特別の許可がなければ閲覧もできない状況になっています。
以前、これらの本が欲しかったものですから、何度か古書店で探したり、入荷したら連絡してもらうようにしていたのですが、一度も見かけることも連絡を受けたことはありませんでした。高津町誌の方は、必要な個所をコピーするついでに、時間をかけて前頁をコピーしたのですが、安田村發展史は、まだ損傷が軽かったころに何度かコピーしたものしか手にすることはできませんでした。
それで、高津町誌の復刻に成功したものですから、安田村發展史の復刻もできないものかと「安田公民館」を訪ねました。思いがけず、館長さんはよく存じ上げている方だったので、いきなり「公民館で取り組まれる計画はありませんか」、とお聞きしたら、「もう復刻された方がいます」と言われ、かなり驚きました。
新聞で、旧安田村役場が発行していた「村の新聞」が見つかり、その膨大な資料をすべてPCに入力して製本したという記事を見かけたことがあり、図書館で探して現物を手にしたこともあったので、「村の新聞ではなく、發展史の方ですが・・・」というと、「發展史の復刻が先です。發展史を復刻されて、それから村の新聞を復刻されたのです」と言われ、「・・・・・ここにあるのですか」とお訊ねすると、すぐに製本された現物を持ってきてくださいました。
■「村の新聞を復刻」
旧安田村(現在の安田地区)では、農協の前身にあたる「安田村農会」が戦前の1931年6月、県内の自治体広報紙の先駆けともいえる「村の新聞」を創刊した。終戦前年の44年7月号まで隔月で発行し、戦後は51年に復刊。52年の合併で村が益田市に移行するまでに計93号を発行した。
ほとんど現存していなかったが、02年に旧農協支所の建物を解体する際にまとまって見つかった。当時津田自治会長だった大石正雄さん=同市津田町=が07年2月から、自宅で1枚1枚をスキャナーでパソコンに取り込み、活字を1文字ずつ再入力するなどして丸2年かけて製本化した。
戦時下に農産物の増産を奨励する記事や、かつて多くの客でにぎわった津田町の海水浴場の様子を記した記事など、大石さんの子供のころの記憶もよみがえったという。 (朝日新聞 09.4.20引用)
この記事を読んで、その前に、上下巻それぞれが900ページの安田村發展史を、お一人で一字ずつ入力して復刻していた方がいたなんて考えられますか・・・ なにしろスゴイものです。(つづく)
準備期間の経費を入れたら、250部でもまだ少し赤字です。会員の皆さんが、「これで何冊も買い取らなくてすみそうだ」と、安心できる程度の部数というのが正直なところです・・・慰労会の話も出ていますが、会費は必要になりそうです。
なにはともあれ、このブログを目にされてお買い上げいただいた方もいらっしゃるようです。この場を借りましてお礼申し上げます。
さて、益田関係の郷土史の二大稀覯(きこう)書といえば、「高津町誌」と「安田村發展史(上・下巻)」をおいて他にはありません。
高津町誌は、今でも益田市の図書館でも閲覧できますが、安田村發展史の方は損傷が激しいため、今は特別の許可がなければ閲覧もできない状況になっています。
以前、これらの本が欲しかったものですから、何度か古書店で探したり、入荷したら連絡してもらうようにしていたのですが、一度も見かけることも連絡を受けたことはありませんでした。高津町誌の方は、必要な個所をコピーするついでに、時間をかけて前頁をコピーしたのですが、安田村發展史は、まだ損傷が軽かったころに何度かコピーしたものしか手にすることはできませんでした。
それで、高津町誌の復刻に成功したものですから、安田村發展史の復刻もできないものかと「安田公民館」を訪ねました。思いがけず、館長さんはよく存じ上げている方だったので、いきなり「公民館で取り組まれる計画はありませんか」、とお聞きしたら、「もう復刻された方がいます」と言われ、かなり驚きました。
新聞で、旧安田村役場が発行していた「村の新聞」が見つかり、その膨大な資料をすべてPCに入力して製本したという記事を見かけたことがあり、図書館で探して現物を手にしたこともあったので、「村の新聞ではなく、發展史の方ですが・・・」というと、「發展史の復刻が先です。發展史を復刻されて、それから村の新聞を復刻されたのです」と言われ、「・・・・・ここにあるのですか」とお訊ねすると、すぐに製本された現物を持ってきてくださいました。
■「村の新聞を復刻」
旧安田村(現在の安田地区)では、農協の前身にあたる「安田村農会」が戦前の1931年6月、県内の自治体広報紙の先駆けともいえる「村の新聞」を創刊した。終戦前年の44年7月号まで隔月で発行し、戦後は51年に復刊。52年の合併で村が益田市に移行するまでに計93号を発行した。
ほとんど現存していなかったが、02年に旧農協支所の建物を解体する際にまとまって見つかった。当時津田自治会長だった大石正雄さん=同市津田町=が07年2月から、自宅で1枚1枚をスキャナーでパソコンに取り込み、活字を1文字ずつ再入力するなどして丸2年かけて製本化した。
戦時下に農産物の増産を奨励する記事や、かつて多くの客でにぎわった津田町の海水浴場の様子を記した記事など、大石さんの子供のころの記憶もよみがえったという。 (朝日新聞 09.4.20引用)
この記事を読んで、その前に、上下巻それぞれが900ページの安田村發展史を、お一人で一字ずつ入力して復刻していた方がいたなんて考えられますか・・・ なにしろスゴイものです。(つづく)
Posted by kiyo at 18:11│Comments(0)│TrackBack(0)
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