2009年04月17日

議会基本条例(7)

 プリンターは買い換えました。大量の詰めかえインクが残っているので、メーカーの選択はインクに合わせてということになりました。
 マウスはまだ買っていません・・・暇になったら分解してみようと思います・・・が、たぶん買い換えることになると思います。

 それで、以前の「議会基本条例」に関する記事を再掲します。

 やっぱり、マウスがないと疲れます。



 議決事件に議会が責任を持つということ(進化し続ける「栗山町議会」のレポート) 


 今月の行政雑誌に、何度か紹介したことのある北海道の「栗山町議会」の記事が掲載されています。

 この栗山町議会は、全国に先駆けて「議会基本条例」を成立させたことで一躍有名になりましたから、ご存知の方も多いと思います。

 その栗山町議会が、また新たな挑戦をした!という、山梨学院大学法学部の江藤俊昭教授のレポートです。

議会は開かれた自由な交流と討論の場

 「議会改革がもう一歩進んだ。しかも、大きな一歩である。議決事件である総合振興計画の議会案を作成し、それを住民に説明し、住民の質問に議員が答えている。その場は、公会堂でも公民館でもなく議場そのものであった・・・・・」という書き出しで始まるこのレポートには、地方分権改革の時代に問われる「議会の責任」とはどういうものか、という答えが詰まっています。

 ここには、真に開かれた議会があり、住民参加があり、「議会が、議員、町長、町民等の交流と自由な討論の広場であるという認識」の下で、確実に議会改革が進められています。

 これまで多くの自治体では、基本構想を含めて議会の議決といっても、執行部提案に対して修正も加えず、そのまま可決することがほとんどでした。

 条例や予算に対しては議会として議論する余地は残されていましたが、抽象的で総花的な基本構想などについては、実質的な議論はほとんど行われることなく、(場合によってはその内容さえロクに目も通さず)議決していたのです。

 (実際、自治体の最上位計画であるはずの総合振興計画・基本構想などについて、ほとんどの議員はその詳細な内容を知らないケースが多く、市の幹部職員も含めて熟知していないケースは珍しくないというのが実態です。)

形式的な総合計画と儀式のような議決はもういらない!

 しかし、自治体の将来の設計図ともいうべき総合振興計画・基本構想は、首長と住民が相互に確認したまちづくりの将来目標とその実現方法を明らかにした、住民にとっては「憲法」のようなものでなければならないはずなのですが、実態は前述のとおり、抽象的な内容のためもあって儀式に近いような議決で終わっていたのです。
 
 栗山町議会は、こうした執行部提案の基本構想案の提出に対して、実行性の乏しい総花的で抽象的な部分を排除し、しっかりとした実施可能な「めりはり」をつけた基本構想を、住民との対話のなかで練り上げ、議会案として提案したのです。

 栗山町議会は、議会改革を確実に実践しています。ひとつの改革によってさらに高いステージを目指しているといえます。議会基本条例の制定が、今回のような従来どこの議会でも考えられなかったような議会改革につながってきています。

議会が機能する町への羨望

 なお、江藤教授は、そのレポートの最後で、考述べています。

 「(執行部提案の)総合振興計画に対して、議会が修正案を提出することができたのは、議会が独自に調査研究をしていたからだ。例えば、その計画策定の前提となる行財政改革について、首長提出のものを不十分として再提出を議決している(2007年3月)。執行部はそれに応じて新たな行財政計画を策定した(同年7月)。
 これらの議決にあたって、議会は、『中長期財政問題等調査特別委員会』を中心に栗山町の行財政を調査研究していた。

 こうした地道な努力の成果が今回の総合計画の議会修正案につながったことも忘れてはならない。議会改革は一朝一夕には不可能であるにしても、栗山町議会の議会改革は住民自治の理念に即した改革であり、普遍的なものである。」


 これは、平成19年2月18日の記事です・・・どうも議会に対する心構えが違うような気がします。


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